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猫野詩梨帳

ゴミの退学 ゴミの退職

死ぬのが怖い

十月に就職した会社を一週間で辞め,現在無職である. 下宿も引き払い,実家に引き籠っている. 仕事もなく,最近は楽しいと思うことも少なく, ただ毎日生きるのが面倒だと思うばかりである. 生きている意味もなく(私はいわゆる生きる意味というものはそもそもないと考えているのだが),今すぐにでも死んだほうがいくらかましである. しかし,これだけ毎日つまらなく,死んだほうがいいと思っていても,死ねないのである.死ぬのは怖い.毎日,明日がこなければどんなにいいだろうと思いながら眠りについているにも関わらず,死ぬのは怖い.

ここから,私はある洞察を得た. 私は,死ぬことができない人間なのかもしれない.死なないようにできているのである.

そういえば,人間は簡単に死んでしまうものなのに,私は今まで生きてきて死にそうになったことがない.事実,死んでいない. 私が死ねない人間であるとすれば,これは当然のことである.

また,普段から疑問に思っていることがある.なぜ私にのみ自我があり,他のものには自我がないのか. 私の自我は,この世界で唯一説明がつかないことのように思える. つまり,私の自我はこの世界の法則を越えたところにある. 即ち,“私”はこの世界の一つ上の次元に存在しているのだ.私はこの世界の主人公(のひとり?)か,あるいは神(のひとり?)か,そういう存在なのである.世界を放棄して死ぬことは許されない.あるいは死なないように設定されている.自ら死に向かわないよう死を怖がるように設定されており,おそらく実際に自殺しようとしてもできないようになっているのであろう.

だから私は死ぬことができない.