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猫野詩梨帳

ゴミの退学 ゴミの退職

古典ギリシア語初歩メモ(32 課 〜 36 課)

このメモは練習問題の正答ではないので,必ず↓の記事を先に読むこと.

cylomw.hatenablog.com

32 課

32-1. 我々は休戦によって解放された.

λελύμεθα (mp.perf.pl.1.) ← λύω(マクロン省略).

32-2. 敵たちはすでに征服されていた.

ἐνενίκητο(マクロン省略)(mp.plup.sg.3.) ← νῑκάω.

32-3. 戦いは終わったと彼は言う.

πέπαυται (mp.perf.sg.3.) ← παύω.

32-4. もはや熟慮する時ではない,熟慮し終える時である.今夜のうちに全てのことがなされねばならぬ.

βουλεύεσθαι (mp.inf.), βεβουλεῦσθαι (mp.perf.inf.) ← βουλεύω.ἐπιούσης (part.f.sg.gen.) ← ἔπειμι (ἐπί + εἶμι).πεπρᾶχθαι (mp.part.inf.; χσθαι → σ 消失 (§172.4)) ← πέπρᾱχα(2perf; πέπρᾱγα の別形; πέπραχ-) ← πράττω(マクロン省略)(πρᾱγ-).

32-5. アテーナイ人トゥーキューディデースは,(戦争が)おこった時,大きい戦争(になるだろうこと)を,そして以前に起きた戦争の中で最も記録に値するものになるだろうということを予期して,ただちに(記述することを)始めたことによって,ペロポンネーソス人とアテーナイ人の戦争を,互いに戦争をしたということを記述した.

ξυνέγραψε (1aor.sg.3.) ← ξυγγράφω = συγγράφω (συν-γράφω; γ の前で ν が γ に変化).ἀρξάμενος (mid.1aor.part.m.sg.nom.) ← ἄρχω.καθισταμένου (mp.part.m.sg.gen.) ← καθίστημι.ἐλπίσᾱς (1aor.part.m.sg.nom.) ← ἐλπίζω.ἔσεσθαι (fut.inf.) ← εἰμί.ἀξιολογώτατον → §68.προγεγενημένων ((mp.)perf.part.m.pl.gen.) ← προγίγνομαι.

καθισταμένου は後ろに τοῦ πολέμου を補うと,属格を用いた独立的用法の分詞 (§108.1) とわかる.中・受動相はここでは単に「(戦争が)おこった時」と訳した.

32-6-1. ソークラテースは,アルキビアデースが富の上に(の故に)正気を失っており(理性を曇らせており),潤沢(な貯え)の上に(の故に),とりわけ彼の(多くの)畑の上に(の故に)思い上がっているのを見て,世界地図が書いてある書字板が懸かっている,ポリスのとある場所の中へ彼を連れて行き,そしてアルキビアデースにその場所でアッティカ地方を探しだすことを命じた.

ὁρῶν (part.m.sg.nom.) ← ὁράω.τετῡφωμένον (mp.perf.part.m.sg.acc.) ← τῡφόω(煙に包む,[受完]正気を失っている).φρονοῦντα (part.m.sg.acc.) ← φρονέω; μέγα を伴って「思い上がる」.πλέον は πολύς の比較級.分詞を用いた間接話法 (§110.3).

ἤγαγεν (2aor.sg.3.) ← ἄγω.ἀνέκειτο ((mp.)impf.sg.3.) ← ἀνάκειμαι.ἔχον (part.n.sg.nom.) ← ἔχω;これは限定詞としての分詞 (§100) と考えた:「世界地図を持っている書字版」→「世界地図が書いてある書字版」.ἔνθα は関係副詞としても用いられるようなので,ここではそう考えて訳した.

32-6-2. 彼(アルキビアデース)が発見した時,彼(ソークラテース)は彼(アルキビアデース)に自分の畑をくわしく調べる(探す)よう命じた.

εὗρε (2aor.sg.3.) ← εὑρίσκω.

32-6-3. すると彼(アルキビアデース)は言った,「しかし,(畑が)書かれているところはどこにもない,」彼(ソークラテース)は言った,「さて,その上に(その故に)(君は思い上がっているのか?),」「君は大地の何の部分でもないところの上に(の故に)思い上がっているのか?」

εἰπόντος (2aor.part.m.sg.gen.) ← εἶπον (2aor.).これは属格を用いた独立的用法の分詞 (§108.1) と考えられる;即ち主文の動詞 εἶπε (2aor.sg.3.) の主語(ソークラテース)と異なる人(アルキビアデース)が分詞 εἰπόντος の主語となっている.τοῦ δὲ は,主語(ここでは分詞 εἰπόντος の主語アルキビアデース)が前文のそれ(ソークラテース)とは変わったことを示す (練習 14.10 の注を参照).

γεγραμμένοι (mp.perf.part.m.pl.nom.) ← γέγραμμαι (mp.perf.sg.1.; φ + μ → μμ: §172.1) ← γράφω.οἵπερ は関係代名詞 οἵ に強調の前接辞 πέρ がついた合成語.οὐδεν は形容詞的に用いられることがあるので,そう考えて訳した.

33 課

33-1. (君は)ゆっくり急げ.

33-2. (君たちは)裁いてはいけない,(君たちが)裁かれないために.

κριθῆτε (pass.subj.1aor.pl.2.) ← κρίνω(マクロン省略);κρίθητε (pass.imp.1aor.pl.2) と間違わないよう注意.

κρίνω(マクロン省略;ι は長母音)の動詞幹は κρι-(ι は短母音)であるが,現在・未来およびアオリスト能動相と中動相においては ν が付加され流音幹となる.また現在 (流音・鼻音幹動詞でしばしばこの長音化が起こる: Ciesko 7§45) 及びアオリスト (ἔκρῑνα: §38.3) では ι が長音となる.

33-3. (君は)ただ顔だけを洗うな,罪を洗え.

33-4. 「ごきげんよう,友よ,」彼は言った,「(君は)私にこまめに(手紙を)書け.」

33-5-1. ソローンは次のことを人々に忠告した:誓いよりも,信頼すべき人柄の立派さを持て.

συνεβούλευσε (1aor.sg.3.) ← συμβουλεύω (συν-βουλεύω; ν が β の前で μ に変化).比較の属格 (§73.2).

33-5-2,3. 嘘をついてはいけない.まじめさを実行せよ.

ψεύδου (mp.imp.sg.2.) ← ψεύδω.μελέτᾱ (imp.sg.2.; μελέτα-ε) ← μελετάω.

33-5-4. 速く友人たちを得(ようとし)てはいけない:もし(友人を)得たなら,彼らを不適当として退けてはいけない.

κτῶ ((mp.)imp.sg.2.), κτήσῃ ((mid.)subj.1aor.sg.2.) ← κτάομαι.関係代名詞と ἄν による実現可能な未来の仮定 (§116.1, §117);関係代名詞 + ἄν の構文では関係代名詞がしばしば不定関係代名詞のように扱われる.

33-5-5,6. まず支配されることを学んだ後に支配せよ.最も楽しいこと(喜ばせること)ではなく(その人にとって)最良のことを(人に)忠告せよ.

μαθὼν (2aor.part.m.sg.nom.) ← μανθάνω.

33-5-7,8,9. 理性を案内人とせよ.悪い者たちと交際してはいけない.神を尊重し,親を敬え.

ποιοῦ (mp.imp.sg.2.) ← ποιέω.ποιέω:[対格]を[対格]にする;ここでは中動相で「自分のために」「自分で」(強意の中動)などの意味であると思われるが,よくわからない.αἰδοῦ ((mp.)imp.sg.2.; αἰδέ-ου) ← αἰδέομαι.

33-6-1. 「もし他のある人がよりよいものを見るならば(よりよい意見があれば),(その人はそれを)言え.」

33-6-2. 誰も反対していなかったので,彼(クセノポーン)は言った,「(自分にとって)それらを良いと思われたものは誰でも,手を挙げよ.」彼はそれらを決議した.

ἀνατεινάτω (imp.1aor.sg.3.) ← ἀνατείνω.

33-6-3. 「さて,それでは,」彼は言った,「(我々は)立ち去って,決議された事々をせねばならぬ.

ἀπιόντας (part.m.pl.acc.) ← ἄπειμι.δεδογμένα (mp.perf.part.n.pl.acc.) ← δοκέω.

33-6-4. そして君たちの家の者たちを見ることを切望する者は誰でも,(自分が)立派な男であることを憶えておけ:というのも,他の方法でこれ(この望み)を手に入れることはできないからである:生きることを切望する者は誰でも,勝つ努力をせよ.」

ἰδεῖν (2aor.inf.) ← εἶδον (2aor.) ← ὀράω.μεμνήσθω (mp.imp.perf.sg.3.) ← μιμνῄσκω.τυχεῖν (2aor.inf.) ← ἔτυχον (2aor.) ← τυγχάνω.πειράσθω ((mp.)imp.sg.3.;マクロン省略;πειρα-έσθω) ← πειράομαι.

34 課

34-1. 私に,私がどこで立ったらいいか与えよ,そして私は大地を動かすだろう(動かそう).

στῶ (subj.2aor.sg.1.) ← ἵστημι;思案・熟慮の接続法と考えた.κῑνήσω は fut.sg.1. か subj.1aor.sg.1. だがどちらであるかよくわからない.接続法であれば提案の接続法として訳せるだろう.

「私に支点を与えよ,そうすれば地球を動かしてみせよう」などとして知られるアルキメデスの言葉.

34-2. カイサルのものをカイサルに,神のものを神に返せ.

ἀπόδοτε (imp.2aor.pl.2.) ← ἀποδίδωμι.

34-3. おおギリシア人たちの子どもたちよ,行け,祖国を解放せよ,こどもたちを,女たちを,父祖伝来の神々の社を,祖先の墓を,解放せよ:いま戦いは全てのために.

ἴτε (imp.pl.2.) ← εἶμι.ἐλευθεροῦτε (imp.pl.2.) ← ἐλευθερόω.γυνή の変化は練習 9 の単語リストを参照.

34-4-1. 与えられた線分を2つに切る事.

δοθεῖσν (pass.1aor.part.f.sg.acc.) ← δίδωμι.πεπερασμένην (mp.perf.part.f.sg.acc.; §174.1) ← περαίνω (語幹 περαν-).τεμεῖν (2aor.inf.) ← ἔτεμον (2aor.) ← τέμνω.

「限られた(注参照)直線」とは,長さが有限の直線,即ち線分のこと.注にある γραμμήν (f.sg.acc.) ← γραμμή は線,ライン.

34-4-2. ΑΒ は与えられた線分であるとせよ:今,線分 ΑΒ を2つに切らねばならぬ.

ἔστω (imp.sg.3.) ← εἰμί.

34-4-3. それ(線分)の上に等辺三角形 ΑΒΓ が結びついているとせよ,そして ΑΓΒ によってつくられた角は ΓΔ によって2つに切られたとせよ:私は線分 ΑΒ が点 Δ において2つに切られたということを(今から)言う(示す).

συνεστάτω (imp.2perf.sg.3.) ← συνίστημι,この動詞の変化は巻末 D.9 (ἵστημι) を参照;ἵστημι の完了 ἕστηκα は「立っている」と自動詞・現在の意味で用いられ (§165.2) ,συνίστημι においても同様なので「結びついているとせよ」と訳した.τετμήσθω (mp.imp.perf.sg.3.), τέτμηται (mp.perf.sg.3.) ← τέτμηκα (1perf.) ← τέμνω (τεμ-, 完了では τμη-).

34-4-4. ΑΓ は ΓΒ に等しく,ΓΔ は共通であるから,確かに (ΑΓ,ΓΔ) の2つは,(ΒΓ,ΓΔ) の2つに,各々が各々に等しい.

34-4-5. そして ΑΓΔ によってつくられた角は ΒΓΔ によって作られた角に等しい:ゆえに底辺 ΑΔ は底辺 ΒΔ に等しい.

34-4-6. ゆえに与えられた線分 ΑΒ は Δ において2つに切られている:これがまさにせねばならなかったことである.

ὅπερ は関係代名詞 ὅ に強調の前接辞 πέρ がついた合成語.先行詞が省略されて,「(まさに)せねば(作らねば)ならなかったこと」.類語に ὅπερ ἔδει δεῖξαι (Ο.Ε.Δ.) (羅 quod erat demonstrandum: Q.E.D.)「(まさに)示さねばならなかったこと」がある.

35 課

35-1. 汝自身を知れ.

35-2. 愚かな者は経験することによって(はじめて)知るのだ.

παθὼν (2aor.part.m.sg.nom.) ← ἔπαθον (2aor.) ← πάσχω.ἔγνω は格言のアオリストと考えられる (練習 7.9 の注を参照).

35-3. 私は昨日アリストーンの息子グラウコーンとともにペイライエウスへ下った.

35-4. 私はアーゲーシラーオスの徳と名声の価値がある称賛(彼には徳と名声があると言うに値するのだという称賛?)を書くことは容易でないということを知っているが,それでもやはり試みるべきである.

35-5-1. 私は,ちょうど他のギリシア人たち(がそう言っているの)と同じように,アテーナイ人たちは賢いと言っている.

φημί 対格 + 不定詞

35-5-2. さて私は,ポリスが建築についてのことを行わねばならぬために,我々が,建造物について建築家たちを,造船について船大工たちを,また他の全ての事々についてもこのように助言者たちを呼び寄せて,民会の中へ集める時はいつでも,彼らが学び得る,教えられ得ることがあると考えるほど多くのことを見る.

接続法は現在の一般的な仮定 (§116.2, §117, ὅταν = ὅτε ἄν, ἐπειδάν = ἐπεί ἄν).δέῃ (subj.) ← δεῖ.πρᾶξαι (1aor.inf.) ← πράττω(マクロン省略)(πρᾱγ-).

ここの訳にはあまり自信がない.

35-5-3. そしてポリスの管理の事々について熟慮せねばならぬ時,彼は,また同様に大工は,鍛冶屋は,靴屋は,商人は,船長は,金持ちの人は,貧乏人は,高貴な人は,卑賤な人は,立ち上がって彼らにそれらのことについて忠告する;彼(忠告した人)はどこからも学んでいない,また彼には誰か先生がいるわけでもないと彼らに非難する人は誰もいないし,それから彼(忠告した人)に忠告する(忠告し返す)ことを試みようとする人もいない:というのも,(こういうことは)教えられ得るものではない(誰かに教えてもらえるようなことではない)と彼らが考えていることは明らかであるからである.

μαθών (2aor.part.m.sg.nom.) ← μανθάνω.ὄντος (part.m.sg.gen.) ← εἰμί;属格を用いた独立的用法の分詞 (§108.1).τοῦτο は ὅτι 以下のことを指していると考えられる. ὅτι 節には分詞のみがあり動詞が存在しないが,分詞が名詞扱いされ「どこからも学んでいない者」,(οὐδενός を形容詞的に考えて)「先生のいない者」として έστί が省略されている(彼はどこからも学んでいない者だ,先生のいない者だ)という形なのかもしれない.

最初の περὶ τῶν τῆς πόλεως διοικήσεως の τῶν はよくわからなかったので「事々」(の複数属格:περὶ は属格または対格支配)が省略されていると考えた.また ἐπιπλήττω は与格を(も?)とる.

36 課

36-1. 牝ライオンは,いつでも1匹(の子)を産むこと(1匹しか子を産まないこと)について狐に非難され,言った,「1匹だ(1匹をしか産まないが),」「しかし,ライオン(を産むの)だ.」

ἐπί は「〜について」くらいの意味だろう.

36-2. 軍隊がアウリス港に集められていた.全部で 1013 隻の船があり,43 人の指導者がいた.

νῆες (f.pl.nom.) ← ναῦς (§63).

36-3. 私カリクラテイアは 29 人の子どもを産んだが,私は一人の男の子の死をすら,そして一人の女の子の死をすらも見なかった:しかし 105 年間,震える手を杖に置くことなく,私は人生を終えた.

τεκοῦσα (2aor.part.f.sg.nom.) ← τίκτω.ἐδρακόμην ((mid.)2aor.sg.1.) ← δέρκομαι.διηνυσάμην (mid.1aor.sg.1.) ← διανύω.ἐπιθεῖσα (2aor.part.f.sg.nom.; §105) ← ἐπιτίθημι.

期間の対格 (§46.1).中動相の διηνυσάμην は「自分を終える」から「自分の人生を終える(た)」くらいの意味だろう.

36-4-1. 生じたことはそのような(次のような)ことであった.各々が陶片を手にとって市民たちのうちの立ち退かせたい人(の名)を書き,広場の1つの場所の中へ運んでいた.支配者たちは最初に陶片の全部の数を数え上げていた:書いた者たちが 6000 人より少ないと,追放は無効であった.それから名前の各々を別々にして(名前ごとにわけて),最も多くの者たちによって書かれていた人を(に対して) 10 年間の追放宣言をしていた.

ἦν (impf.sg.3.),εἶεν (opt.pl.3.) ← εἰμί.λαβὼν (2aor.part.m.sg.nom.) ← λαμβάνω.μεταστῆσαι (1aor.inf.) ← μεθίστημι (μετά-ἵστημι).θέντες (2aor.part.m.sg.nom.) ← τίθημι.γεγραμμένον (mp.perf.part.m.sg.acc.) ← γράφω.ἐξεκήρυττον (impf.pl.3.; §35) ← ἐκκηρύττω.

36-4-2. さて陶片が書かれていた当時,文盲でド田舎に住んでいた人たちのうちのある人が,たまたまそこにいた者たちのうちの1人に(そうするように),アリステイデースに陶片を渡し,(陶片に)アリステイデース(の名)を書き込むために助けを求めたと言われている.彼(アリステイデース)が驚いて,アリステイデースが彼になにか悪いことをしたのではないかと(思って)訪ねると,彼(ある人)は言った,「何をも(悪いことをしていない),」「私はその人を知ってさえいない,しかし至るところで“正しい人”のことを聞くので困っている.」それらのことを聞いてアリステイデースは何をも答えず,彼の(自分の)名前を陶片に書き込んで返した.

ἀναδόντα (2aor.part.m.sg.acc.) ← ἀναδίδωμι.τυχόντων (2aor.part.m.pl.gen.) ← τυγχάνω.ἐγγράψειε (opt.1aor.sg.3.), ἐνέγραψε (1aor.sg.3.) ← ἐγγράφω (ἐν-γράφω).πυθομένου ((mid.)2aor.part.m.sg.gen.) ← πυνθάνομαι.ἀπεκρίνατο(マクロン省略)((mid.)1aor.sg.3.) ← ἀποκρίνομαι(マクロン省略).ἀπέδωκεν (2aor.sg.3.) ← ἀποδίδωμι.

λέγεταί (mp.sg.3.) + τινα(対格)+ παρακαλεῖν (inf.):「ある人が助けを求めたと言われている」 (It is said…),漠然とした噂,話のようなものが文の主語となっていると考えられる (Ciesko 8§12).

「正しい人」(ὁ Δίκαιος) は,アリステイデースの渾名らしい.

古典ギリシア語初歩メモ(27 課 〜 31 課)

このメモは練習問題の正答ではないので,必ず↓の記事を先に読むこと.

cylomw.hatenablog.com

また,はっきり言っておくが*1,ここにメモを残すのは古典ギリシア語を学んでいる・学びたい者たちのためであって,単位が欲しいだけの学生のためではない.勝手に使う分には自由であるが.

27 課

27-1. もし君が若い妻を娶っていたら,既におじいさんになっていただろう.

ἔγημας (1aor.sg.2.) ← γαμέω((妻を)娶る;動詞幹 γαμ-).ἦσθα (impf.sg.2.) ← εἰμί.εἰμί にはアオリストがないため未完了過去を用いていると考えられる.そもそも事実に反する仮定の条件文に於いて,未完了過去とアオリストはそれぞれ単に継続的か1回的かという動作態(相,アスペクト)の相違のみを表す (Ciesko 8§53.4).現在 / 過去の事実に反する仮定とは,そのそれぞれの動作態から現れるものである.

27-2. その場にいなかった,そして自国にとどまってさえいなかった私が,いかにして(なぜ)君を害したのか(,害していない).

前文のない,事実に反する仮定の条件文と考えられる.παρὼν (part.m.sg.nom.) ← πάρειμι(その場にいる),この動詞の変化は εἰμί を参照.ἐπιδημῶν (part.m.sg.nom.) ← ἐπιδημέω(自国にとどまる).2つの分詞は否定を伴って ἐγώ を限定的に修飾していると考えた (§100).ἠδίκησα (1aor.sg.1.) ← ἀδικέω(不正を働く,[対格]を害する,傷つける,中傷する).σ' ← σέ.

27-3. 我々が君たちに笛を吹いたが,君たちは踊らなかった.我々が挽歌を歌ったが,君たちは泣かなかった.

ηὐλήσαμεν (1aor.pl.1.) ← αὐλέω(笛を吹く).ὠρχήσασθε ((mid.)1aor.pl.2.) ← ὀρχέομαι(踊る).ἐθρηνήσαμεν (1aor.pl.1.) ← θρηνέω(挽歌を歌う,嘆く).ἐκλαύσατε (1aor.pl.2.) ← κλαίω(泣く).

κλαίω の動詞幹は κλαυ- であるが,現在幹は κλαι-ε/ο- または κλᾱ-ε/ο-(古いアッティカ方言形)となる(母音融合しない).よって現在 κλαίω または κλάω(α のマクロン省略),未完了過去 ἔκλαιον または ἔκλᾱον,第一アオリスト ἔκλαυσα.

また κλαίω の未来は中動相を能動の意味で用いて κλαύσομαι であるが,アッティカ方言では κλαιήσω または κλᾱήσω という形もあった.これは,κλαύσομαι が「泣くことになるぞ」(脅し)の意味で用いられるようになったためである (Ciesko 7§58).

※ κλαίω の動詞幹は正確には κλαϝ-(ϝ はディガンマという古いギリシャ文字音価は [w])であり,このためにやや奇妙な変化となる.同様の変化をする動詞に καίω(焼く;動詞幹 καϝ-) がある (Ciesko 7§58).

27-4. というのも,今も最初も人々は驚くこと故に(によって)哲学することを始めたからである.

ἤρξαντο (mid.1aor.pl.3.) ← ἄρχω(支配する,[中]始める).

27-5. そして彼(アルタクセルクセース)が,それ(ティッサペルネースの中傷)に従い,殺すためにキューロスをとらえる(とらえた).しかし母が彼をもらい下げ,再び領地の方へ送り返す(送り返した).

24-10 と同様に歴史的現在を用いた文.ἀποκτενῶν (fut.part.m.sg.nom.) ← ἀποκτείνω(殺す),動詞幹 ἀποκτεν- より未来形に注意 (§81).ἐξαιτησαμένη (mid.1aor.part.f.sg.nom.) ← ἐξαιτέω(要求する,[中]もらい下げる).

27-6. もし神が人々の祈りに従っていれば,(人々が)ひっきりなしに互いに対して多くの困難なことを祈るために,多くの人々はより速く滅びているだろう.

θᾶττον は形容詞 ταχύς(速い)の比較級 θάττων(マクロン省略)の中性単数対格形からつくられた副詞の比較級.κατηκολούθει (impf.sg.3.) ← κατακολουθέω(従う).ἀπώλλυντο (mp.impf.pl.3.) ← ἀπόλλῡμι(ほろぼす,破壊させる,[中]ほろびる,死ぬ).εὐχόμενοι ((mp.)part.m.pl.nom.) ← εὔχομαι(祈る).

ἀπόλλῡμι は未完了過去 ἀπώλλῡν.能動相現在及び能動相未完了過去では単数形で ῡ,複数形で υ;中・受動相では単数でも複数でも υ を用いる (δείκνῡμι と同様).よって中動相未完了過去は ἀπωλλύμην.また未来 ἀπολῶ,第1アオリスト ἀπώλεσα,第1完了 ἀπολώλεκα.

27-7-1. 法は言うだろう,「おおソクラテスよ,我々(法)にとって,我々(法)とポリスが君の気に入っていたということ,その証拠は大きい.

ἠρέσκομεν (impf.pl.1.) ← ἀρέσκω([与格]の気に入る,を喜ばす).また注にあるように φαῖεν (opt.pl.3.) ← φημί,可能性の希求法 (§121.2, §124).法が喋るようなことがあればこう言うだろう,という気持ちがあるのかもしれない.

27-7-2. というのも,もしとくに君の気に入っていないのであれば,他のすべてのアテーナイ人たちと異なり,それ(ポリス)の中に君がとどまっていないだろうからである.」

ἀπάντων (m/n.pl.gen.) ← ἄπᾱς(すべての).ἤρεσκεν (impf.sg.3.) ← ἀρέσκω.ἐπεδήμεις (impf.sg.2.) ← ἐπιδημέω(自国にとどまる).現在の事実に反する仮定.ποτέ(前接辞)は「いつ (when),いつか (someday),いったい(疑問代名詞を強めて;一体全体)」であるが,無理に訳さなくていいだろう.君がいつか出て行ってしまうようなことがなく他のアテーナイ人たちと同様にポリスに留まっていたということは,君がポリスを気に入っているという証拠だ.

28 課

28-1. もし君が欲するならば,君はできるだろう.

実現可能な未来の仮定 (§116.1).βούλῃ ((mp.)subj.sg.2.) ← βούλομαι(欲する),mp.ind.sg.2. と同形なので注意.δυνήσῃ ((mid.)fut.sg.2.) ← δύναμαι(できる),mid.subj.1aor.sg.2. と同形なので注意.

28-2. そして彼らは(私は)暗くなるまでそれらを作っていた(していた).

ἐποίουν (impf.sg.1. / pl.3.) ← ποιέω(つくる,する).ἐγένετο ((mp.)impf.sg.3.) ← γίγνομαι(生じる,生まれる,……になる).

28-3. たとえ彼が幸運であるように思われても,彼が死ぬのを見るまで君は妬むな.

εὐτυχεῖν (inf.) ← εὐτυχέω(幸運である).δοκοῦντα (part.m.sg.acc.) ← δοκέω(思われる,よいと思われる,決議する),ここでは譲歩の分詞と考えた (§101.5).δοκέω 対格 + 不定詞 構文だが,対格部分(不定詞の主語)は τὸν だけで具体的に書かれてはいないため,適当に「彼」と訳した.ところで δοκέω は非人称動詞としても用いられるが,その場合分詞は中性単数対格になるはずなので (§108.2),ここでは単に「彼」が主語になっているのであろう.

注にあるように ζήλου (imp.sg.2.) ← ζηλόω(羨む,妬む).θανόντ' ← θανόντα (2aor.part.m.sg.acc.) ← ἔθανον (2aor.) ← θνῄσκω(死ぬ),この分詞の主語にあたる部分は τὸν のところなので m.sg.acc. であると考えられる.ἴδῃς (subj.2aor.sg.2.) ← εἶδον (2aor.) ← ὁράω(見る).

28-4. 富が,悪い人間や,心がふさわしくない人についていく時はいつでも,飽満は確かに傲慢を産む.

ὅταν を用いた現在の一般的な仮定 (§116.2, §117).ἕπηται ((mp.)subj.sg.3.) ← ἕπομαι(従う,ついていく).ᾖ (subj.sg.3.) ← εἰμί.

28-5-1. 生きているあいだ,そして(そのようなことが)出来るあいだは,哲学することを,そして君たちに(哲学することを)命ずる(勧める)ことを,そして常に君たちの(うちの)私がたまたま出会った人々全てに示すことを私は決して止めないだろう,

ἕωσπερ は,ἕως(……するまで,する間)に強調の前接辞 πέρ がついた合成語.οἷάπερ も同様,οἷα (n.pl.nom./acc.) ← οἷος + πέρ(前接辞).ἐμπνέω (subj.sg.1.) ← ἐμπνέω, ind.sg.1. と同形なので注意.πνέω は2音節の -έω 動詞なので,ει 以外には融合せず,合成動詞 ἐμπνέω (ἐν-πνέω) においても同様 (練習 14.6 の注を参照).ὦ (subj.sg.1.) ← εἰμί; οἷός τε εἶναι で「〜できる,能力がある」.

φιλοσοφῶν (part.m.sg.nom.), παρακελευόμενός ((mp.)part.m.sg.nom.), ἐνδεικνύμενος (mp.part.m.sg.nom.) は παύσωμαι (mid.subj.1aor.sg.1.) の補語 (§110.1).注にあるように,οὐ μή + 接続法アオリストで未来の強い否定を表している.また ἐνδεικνύμενος は中動相だが,「示す」でよいようだ.

ἕωσπερ ≒ ἕως を用いて,反復されることがらを表す文 (§149.2) .主文が本時称(接続法や命令法は常に本時称と見做される: Ciesko 8§67)なので,従属文は接続法と ἄν をとっている.

28-5-2. 「おお,ポリスの(中で),知と力において最大のそして最も評判のいい男たちの中で最良のアテーナイ人よ,一方君は金銭や名声や名誉が君にとってできるだけ最も多くなるように気をつけていることを恥じないが,他方君は思慮分別や真実や魂ができるだけ最もよくなるように気をつけたり,熟慮したりしない.」という,私がいつも言っているようなことを言うことによって(示すことを私は決して止めないだろう).

注にあるように,εἴωθα (2perf.sg.1.) ← ἔθω(……する習慣がある).完了は,ある動作が完了して,その結果が現在に及んでいることを示す時称 (§159) であり,「〜し終えている」「(なんらかの動作の結果)〜している」と訳す.ここでは注にあるように λέγειν (inf.) を補って,「言うことが習慣になっている」→「いつも言っている」と訳した.

ὤν (part.m.sg.voc.) (← εἰμί) は名詞扱いされた分詞と考え,「(〜男たちの中で)最良のアテーナイ人であるものよ」→「最良のアテーナイ人よ」と訳した.

αἰσχύνῃ(マクロン省略)(mp.sg.2.) ← αἰσχύνω(マクロン省略)(恥をかかせる,[中]恥じる([分詞]しているのを恥じる,[不定詞]することを恥じる: Ciesko 8§28.1)).ἐπιμελῇ ((mp.)sg.2.) ← ἐπιμελέομαι(気をつける,注意する).ὅπως + 直説法未来 は,配慮や努力を表す文 (§144).

χρημάτων, δόξης, τῑμῆς, φρονήσεως, ἀληθείᾱς, ψῡχῆς は全て属格となっているが,これはこれらが(主語になっているのではなく)ἐπιμελούμενος ((mp.)part.m.sg.nom.) 及び ἐπιμελῇ の目的語になっているためと考えられる;ἐπιμελέομαι は対格や不定詞の他に属格もとるらしい (to take care of).「できるだけ金銭や名声や名誉が最も多くなるように(最も多くの金銭や名声や名誉が存在するように),金銭や名声や名誉の世話をすることを恥じない」かな? 実際よくわからない.俺たちは雰囲気で属格をやっている.

29 課

29-1. 私はあなたの言葉に従わないだろう.

πιθοίμην (mid.opt.2aor.sg.1.) ← πείθω(説得する;[中・受](与格と)……に従う).σοῖς (m.pl.dat.) ← σός(あなたの)(§143).

29-2. 君は星々を眺めている,私のアステール.多くの目で君を眺めるために私が天になれればよいのだが.

γενοίμην ((mp.)opt.2aor.sg.1.) ← ἐγενόμην ((mp.)2aor.) ← γίγνομαι(生じる,生まれる,……になる).願望・可能性の希求法 (§121) は常に本時称と見做される (Ciesko 8§67) ので,ὡς 以降の目的表現の従属文は接続法になるはずである (§123).即ち βλέπω は subj.sg.1. であると考えられる.βλέπω εἰς ...(……を見る,眺める).

29-3. その時キューロスには王宮と,野生の野獣に満ちた大きい猟園があった.彼は,彼自身と彼の馬が訓練することを欲する時はいつでも,馬からそれらを狩っていた.

ἦν (impf.sg.3.) ← εἰμί.γυμνάσαι (1aor.inf.) ← γυμνάζω(鍛える,訓練する).βούλοιτο ((mp.)opt.sg.3.) ← βούλομαι(欲する),過去の一般的な仮定 (§124.2, §125).ἃ (n.pl.nom./acc.) は関係代名詞;ここでは θηρίων を指していると考えた.

29-4. 増大したペルシア人たちの国事が,(一方)クロイソスの悲嘆を止め(クロイソスを悲嘆から離れさせ),(他方)(以下の)考えの中に立ち至らせた.なんとかして,(力の)大きいペルシア人が生じる前に,彼の力の増大を抑止することができればなあ(という考えに至らせた).

ἀπέπαυσε (1aor.sg.3.) ← ἀποπαύω([属格]を止めさせる).ἐνέβησε (1aor.sg.3.) ← ἐμβαίνω (ἐν-βαίνω).δύναιτο ((mp.)opt.sg.3.) ← δύναμαι(できる).γενέσθαι ((mp.)2aor.inf.) ← ἐγενόμην ((mp.)2aor.) ← γίγνομαι(生じる,生まれる,……になる).καταλαβεῖν (2aor.inf.) ← καταλαμβάνω(とらえる,抑止する).

29-5.

ソークラテース:悪いことの(中で)最大のことは,(たまたま,)不正を働くことである.

ポーロス:本当にそれが最大なのか? 不正を受けることがより大きいのではないのか?

ソ:少なくともそうでは決してない.

ポ:すると君は不正を働くことよりもむしろ不正を受けることを欲するのだろうか?

ソ:私はそのいずれも欲しないだろう.しかし,もし不正を受けることか不正を働くことが避けられないのであれば,私は不正を働くよりもむしろ不正を受けることをとるだろう.

ὂν (part.n.sg.nom.) ← εἰμί.τυγχάνω ὤν ... : たまたま……である;「意外にも」としてもいいのかもしれない.ἦ γάρ: 本当に……か.ἔγωγε は ἐγώ の強調形.εἴη (opt.sg.3.) ← εἰμί.ἑλοίμην (mp.opt.sg.1.) ← εἷλον (2aor.) ← αἱρέω(取る,つかまえる).

30 課

30-1. ソーソスとソーソーは,救済者よ,あなたにこれを奉納しました,ソーソスは救われたために,ソーソーはソーソスが救われたために.

ἀνέθηκαν = ἀνέθεσαν (2aor.pl.3.) ← ἀνατίθημι(奉献する,奉納する).σωθείς (pass.1aor.part.m.sg.nom.) ← ἐσώθην (pass.1aor.) ← σῴζω(救う).

30-2. もし私が死の影の中央に行くならば(行ったとしても),私は悪いこと(災い)を恐れないだろう,あなたが私と共にいるから.

φοβηθήσομαι (pass.1fut.sg.1.) ← φοβέω(恐れさせる,[中・受]恐れる).εἶ (sg.2.) ← εἰμί もしくは εἶμι.

30-3. キューロスは,危険をおかし侮辱され立ち去った時に,もはや決して兄の手中に落ちないよう熟慮する.しかし,もしできるなら,彼のかわりに王であるだろう.

24-10, 27-5 と同様に歴史的現在を用いている.配慮や努力の文を導く ὅπως (§144).ἢν = ἐάν(マクロン省略)(§116.1).ἀπῆλθε (2aor.sg.3.) ← ἀπέρχομαι(立ち去る).κινδῡνεύσᾱς (1aor.part.m.sg.nom.) ← κινδῡνεύω(危険をおかす).ἀτῑμασθείς (pass.1aor.part.m.sg.nom.) ← ἠτῑμάσθην (pass.1aor.) ← ἀτῑμάζω(侮辱する).δύνηται ((mp.)subj.sg.3.) ← δύναμαι(できる).

30-4. というのも,もしある人が歴史から「なにゆえに」「いかにして」「なされたことは,誰のためになされたのか」「結果(目的)が合理的であるか否か」を取り去ったならば,後に残るものは歴史の(単なる)作品であり,教訓になるものではなく,そして直ちには(人々を)喜ばせるが,未来に向かって(今後)誰をも助ける(誰かの益になる)ことはまったくないからである.

ἱστορίᾱς (f.sg.gen.) は分離の属格.χάριν は注を参照.ἀφέλῃ (subj.2aor.sg.3.) ← ἀφαιρέω(取り去る).ἐπράχθη(マクロン省略)(pass.1aor.sg.3.), πρᾱχθὲν (pass.1aor.part.n.sg.nom.) ← πράττω(マクロン省略)(行う,なす)(動詞幹 πρᾱγ-).ἔσχε (2aor.sg.3.) ← ἔχω(持つ,……の状態である).

30-5-1. オルペウスの妻,エウリュディケーが蛇に咬まれて死んだ.

δηχθεῖσα (pass.1aor.part.f.sg.nom.) ← ἐδήχθην (pass.1aor.) ← δάκνω(咬む).ἀπέθανεν (2aor.sg.3.) ← ἀποθνῄσκω(死ぬ).

30-5-2. オルペウスは冥府へ下り,彼女を送り返すようプルートーンを説得した.

κατελθὼν (2aor.part.m.sg.nom.) ← κατέρχομαι(下る,下りる).ἔπεισεν (1aor.sg.3.) ← πείθω(説得する).ἀναπέμψαι (1aor.inf.) ← ἀναπέμπω(送り返す).

30-5-3. 彼(プルートーン)は,(オルペウスが)行く(帰る)時に,もし家の中へ着く前にオルペウスが振り向かなければそれをすると約束した.

ὑπέσχετο ((mid.)2aor.sg.3.) ← ὑπισχνέομαι(約束する).ἐπιστραφῇ (pass.subj.2aor.sg.3.) ← ἐπιστρέφω(向きを変える,回す;[中・受]ふりむく).παραγενέσθαι ((mid.)2aor.inf.) ← παραγίγνομαι(そばにいる,来る,着く).πρίν + 不定詞 は §150.1 を参照;主文が肯定文ではない気がするが,よくわからん.

30-5-4. しかし彼はそれに従わずふりむいて妻を見た,そして彼女は再び冥府へ連れて行かれた.

ἀπιστῶν (part.m.sg.nom.) ← ἀπιστέω(信じない,従わない).ἐπιστραφεὶς (pass.2aor.part.m.sg.nom.) ← ἐπιστρέφω.ἐθεάσατο(マクロン省略)((mid.)1aor.sg.3.) ← θεάομαι(見る,見物する).κατηνέχθη (mid.1aor.sg.3.) ← καταφέρω(下方へ運ぶ).

31 課

31-1. 詩人たちの(うちの)ある人々が,いかに生きねばならぬかという助言を後に残している.

καταλελοίπᾱσιν (2perf.pl.3.) ← καταλείπω.このように完了幹の形成の際 ε から ο への母音交替が発生することがある(また語根末尾は帯気音化することがある;例 κλέπτω (κλεπ-) → κέκλοφα) (Ciesko 7§1.3).ζῆν (inf. この動詞は特別の母音融合を行う;練習 14 の単語リスト参照) ← ζάω.ὡς は関係副詞のように使われることがある.

31-2. そして私にとってそうなっていることは予期しないものではなかった,あなたがたが私に有罪の投票をしたから.

γέγονεν (2perf.sg.3.), γεγονὸς (2perf.part.n.sg.nom.) ← γέγονα (2perf.) ← γίγνομαι.γίγνομαι は完了・過去完了にのみ能動相が存在するがどの相でも意味はほとんど変わらない;未来とアオリストに存在する受動相も同様.τὸ γεγονὸς τοῦτο((そう)なっているそれ or その(そう)なっていること)が主語と考えられる.

31-3. ソクラテスは夜明けになり太陽が昇るまで立っていて,それから太陽に祈りを捧げ立ち去った.

ἕως は名詞「夜明け,暁」の方なので注意.εἱστήκει (1plup./2plup.sg.3.; §165 にあるように ἵστημι は単数では第1完了・第1過去完了,複数では第2完了・第2過去完了の形となる) ← εἱστήκη (1plup./2plup.; 立っていた) ← ἵστημι.ἐγένετο ((mid.)2aor.sg.3.) ← γίγνομαι.ἀνέσχεν (2aor.sg.3.) ← ἀνέχω (ἀνά-ἔχω).ᾤχετ' ← ᾤχετο ((mp.)impf.sg.3.) ← οἴχομαι.ἀπιὼν (part.m.sg.nom.) ← ἄπειμι.προσευξάμενος ((mid.)1aor.part.m.sg.nom.) ← προσεύχομαι.

31-4. 我々は神の誓いを堅持しているが,敵達は偽誓し,そして誓いに反して休戦条約を破っている.

31-5. しかし私は,我々が一度,怠慢に生きることや豊富の中で暮らしを立てること,メーディアー人やペルシア人の美しく大きい女たちや乙女たちと交際することを学んだら,(記憶を喪失させるというロートスの実を食している)ロートパゴイのように,家への道を忘れてしまうのではないかと実に恐れている.

δέδοικα (1perf.sg.1.) ← δείδω.μάθωμεν (subj.2aor.pl.1.) ← μανθάνω.ἐπιλαθώμεθα ((mid.)subj.2aor.pl.1.) ← ἐπελαθόμην ((mid.)2aor.) ← ἐπιλανθάνομαι.γυναιξί (f.pl.dat.) ← γυνή,この名詞の変化は練習 9 の単語リストを参照.

おそらく実現可能な未来の仮定 (§116.1) であり,そうすると後文 (ἐπιλαθώμεθα) には直説法未来または命令法が用いられるはずであるが,未来のことがらに対する危惧・恐怖の文 (§139.2) によって接続法に変えられている.その際,接続法においてはもはや時称は動作態(アスペクト)の相違を表すものでしかないため (§113),一回的行為としてアオリストが用いられていると考えられる.なお,完了と未来完了は本時称,過去完了は副時称である (Ciesko 8§67).

31-6. 噂好きな人というのは,このような人である:友人に出会い,ただちにほほえんで尋ねる,「君はどこから(きて),いかにしてその状態であるのか,そしてこのことについてある新しいことを言うことができるか?」すると(友人は)ほうっておかずに答えて言う,「君はなにを言っているのか.君は何をも聞いていなかったのか.私にとって,君を新しい噂でもてなすことはよいと思われるのだ.」

正直あまりよくわからなかった.最後の文は,おそらく「新しい噂があるよ」ということが言いたいのだと思われる.

ἀπαντήσᾱς (1aor.part.m.sg.nom.) ← ἀπαντάω.μειδιάσᾱς(マクロン省略)(1aor.part.m.sg.nom.) ← μειδιάω.ἐρωτῆσαι (1aor.inf.) ← ἐρωτάω.ἐάσᾱς(マクロン省略)(1aor.part.m.sg.nom.) ← ἐάω.εἰπεῖν (2aor.inf.) ← εἶπον (2aor.).ἀποκρίνασθαι(マクロン省略)((mid.)1aor.inf.; 流音幹のため σ が脱落: §38.3) ← ἀποκρίνομαι(マクロン省略).

ἀκήκοας (2perf.sg.2.) ← ἀκούω.この動詞はアッティカ式畳音という畳音を行っている (Ciesko 7§24).まず語頭の母音 + 子音を重複させ,次に α, ε を η に,ο を ω にする;ἀκ → ἀκακ → ἀκηκ.時称接尾辞は -α- で第2完了である.υ はなんやかんやあって消滅する.

*1:ἀμὴν λέγω ὑμῖν

【古典ギリシア語】葵ちゃんが活用するだけ【παιδευω】

葵ちゃんに古典ギリシア語を発音させるのがすごいむずかしかった

www.nicovideo.jp

ἐφ᾽ ὅσον ἐποιήσατε ἑνὶ τούτων τῶν ἀδελφῶν μου τῶν ἐλαχίστων, ἐμοὶ ἐποιήσατε.

「最も小さい私の兄弟の1人に汝らがしたほどのことの限りでは,(それは)汝らが私にしたことである.」(マタイ 25.40)

前回古典ギリシア語文典買ってくださいみたいなことを書いたら,本当に買って(+1冊)送ってくださった方がおりました.ありがとうございます.というか結構なお値段ですし,流石に貰うだけ貰っておいてではなんなので何かお礼したいとは思うのですが,誰だかわからないのです.もしよければお教えください.

なんか物を人にたかる無職みたいで恥ずかしいのではやく仕事探します.

正しい情報を発信することは難しい

古典ギリシア語のメモとかいうやつを公開しているが,前置きでごちゃごちゃといろいろ言い訳している.古典ギリシアのプロでもないし,公開している内容も割と適当というか,ある程度調べたりはしているがやっぱりだいぶ適当書いてる虞がある.

簡単に情報を発信できる時代になったし,どんどん情報を発信したいしされたいとは思うが,やっぱり気をつけなければならないのが誤った情報の発信である.情報を発信する側は出来る限り正確な情報を発信しなければならないと思うし,受信する側も情報の正確さについては常に気を配らなくてはならない.

あの古典ギリシア語メモとかについても本当はもうちょっと古典ギリシア語とかに詳しくなって,もうちょっとちゃんと調べたりしてから書きたいとは思っているのだけれども,正確さを求めることばかりしてたら永久に何も書けないような気がするし,難しい.あと調べるのもけっこうたいへん.

ということで,誰かこれ買ってください.

古典ギリシア語文典

古典ギリシア語文典

てか古典ギリシアに詳しい美少女が来い.

古典ギリシア語初歩メモ(22 課 〜 26 課)

このメモは練習問題の正答ではないので,必ず↓の記事を先に読むこと.

cylomw.hatenablog.com

22 課

22-1. 私に反対するな.

ἀντιλέξῃς (subj.1aor.sg.2.) ← ἀντιλέγω(反対する).禁止の接続法アオリスト (§114.3).

22-2. それが逃げることをほうっておくのはよそう.

ἐάω 対格 + 不定詞.接続法アオリストだが,1人称(複数)なので提案・要請とした.

22-3. 犬は知らない者たちに吠えかかる(犬は,もしその者たちを知らなければ,その者たちに吠えかかる).

ὧν は関係代名詞の pl.gen. であるが,注にあるように τούτων οὕς として訳した.先行詞である τούτων が省略され,関係代名詞 οὕς が先行詞の格に同化されたものと考えられる(不定関係代名詞のように用いられていると考えても良い).

22-4. 食べよう,飲もう,明日我々は死ぬのだから.

φάγωμεν (subj.2aor.pl.1.) ← ἐσθίω(食べる),πίωμεν (subj.2aor.pl.1.) ← ἔπιον (2aor.) ← πίνω(飲む)

22-5. 愚かなものは,もしあるものがおかしくなければ,笑う.

γελᾷ ← γελάω は subj.pl.3. と ind.pl.3. のどちらかだが(同型なので),ここでは条件文の後文のため直説法であると考えられる (§116).ᾖ (subj.sg.3.) ← εἰμί (§112).

22-6. もし君が彼に金銭を与えて彼を説得するならば,彼は君を賢いとするであろう.

実現可能な未来の仮定 (§116.1).

22-7. 君は出来事(災難,不運)について誰をも非難してはいけない.というのも,運命は共通であり未来は目に見えないからである.

禁止の接続法アオリスト.

22-8. 薔薇は短いあいだ(だけ)盛りである.もし(盛りが)過ぎ去り,(君が薔薇を)探したならば,君は薔薇ではなく茨を発見するだろう.

βαιὸν χρόνον「短いあいだ(だけ)」,期間の対格 (§46.1) .παρέλθῃ (subj.2aor.sg.3.) ← παρέρχομαι(通り過ぎる),例によって変化は ἔρχομαι を参照.εὑρήσεις (fut.sg.2.) ← εὑρίσκω(発見する)より,実現可能な未来の仮定.ζητῶν (part.m.sg.nom.) ← ζητέω(求める,探す)は状況説明の分詞.οὐ...ἀλλά... not...but....

22-9-1. 全ての者(男)が結婚の中で不運であるということは決して無く,また(全ての者が)幸運であるということもない.

οὐ...οὔτε... は否定の強調で,二重否定ではない.練習 13.5 の注を参照.

22-9-2. 悪い妻を手に入れる者は不運であり,良い妻を手に入れる者は幸運である.

τύχῃ (subj.2aor.sg.3.),τυχών (part.2aor.m.sg.nom.) ← ἔτυχον (2aor.) ← τυγχάνω(たまたま……する;[属格]と出くわす,を手に入れる).名詞 τύχη(偶然,運命)と紛らわしいので注意.前半は関係代名詞 ὅς と ἄν,接続法を用いた現在の一般的な仮定「もし彼が悪い妻を手に入れるならば,彼は不運だ」(§116.2, §117).注には ὅς = εἲ τις とあるが,ここは普通に先行詞が省略された関係代名詞として(不定代名詞のように)訳せばよいと思われる.後半は名詞扱いされた分詞 (§100) が主語になった文.

22-10-1. はかない(短命の)ものたちよ.何がある人なのか.何がある人でないのか.

最初の ἐπάμεροι(マクロン省略)は複数呼格と考えられる.

22-10-2. 人は影の夢である.

「人は影の見る夢である」などとも訳されるようだ.

22-10-3. しかし,ゼウスから贈られた光輝が来るときはいつでも,輝く光は男たち(人々)の上にあり,そして平穏な人生も(上にある).

ἔλθῃ (subj.2aor.sg.3.) ← ἔρχομαι(来る,行く),前文が ὅταν = ὅτε ἄν によって導かれる現在の一般的な仮定 (§116.2, §117).訳は「……のときはいつでも……である」とした.ἔπεστιν (sg.3.) ← ἔπειμι,この動詞の活用は εἰμί を参照 (§54).

23 課

23-1. 君が幸運だったらなあ.

23-2. キューロスが生きていればなあ.

注にあるように,ὤφελε (2aor.sg.3.) ← ὤφελον (2aor.) (← ὀφείλω) と不定詞を用いた実現不可能の願望.ζῆν (inf. この動詞は特別の母音融合を行う;練習 14 の単語リスト参照) ← ζάω(生きる).

23-3. 手紙を送らなければよかったなあ.

23-2 の注にあるように,εἱ γὰρ + 直説法アオリスト で過去の実現不可能の願望を表す.ἔπεμψα (1aor.sg.1.) ← πέμπω(送る).

23-4. 罰せられないように,不正者たちは逃げた.

ἔφυγον (2aor.pl.3.) ← φεύγω(逃げる).δοῖεν (opt.2aor.pl.3.) ← δίδωμι(与える)(§118.6).ὡς による目的表現 (§123).

23-5. おお,不運な者よ.君が決して,君が誰なのかということを知ることがなければよいのだが.

δύσποτμ' は単数呼格 δύσποτμε であると考えられる.ὅς は関係代名詞だが,ここでは疑問代名詞として用いられていると思われる (§64.3).γνοίης (opt.2aor.sg.2.) ← γιγνώσκω(知る)の変化については §187 を参照.

23-6. いかにしてある人は小さい苦労で大きいものをつかまえられるのだろうか.

ἕλοι (opt.2aor.sg.3.) ← εἷλον (2aor.) ← αἱρέω(取る,つかまえる),ἄν を伴った可能性の希求法.与格は手段の与格 (§14.3).

23-7. 君が最も楽しく時をすごせるように,わざと君を鼓舞しなかったのだ.

ἤγειρον (impf.sg.2.) ← ἐγείρω(目を覚まさせる,鼓舞する).διάγῃς (subj.sg.2.) ← διάγω(時を過ごす,暮らす).接続詞による目的表現で,主文の動詞が副時称の場合従属文は希求法だが,接続法のこともある (§123).ἥδιστα は ἡδύς(甘い)から作られた副詞の最上級 (§72).

23-8. もし君の召し使いたちのある人が病めば,君は彼が死なないように医者たちを呼び寄せるか?

ἀποθάνῃ (subj.2aor.sg.3.) ← ἀποθνῄσκω(死ぬ).接続法を用いた現在の一般的な仮定 (§116.2) と,接続詞 ὅπως を用いた目的表現 (§123).注にあるように,σοι はここではほぼ σου の意味らしい.よって τίς σοι (= σου) τῶν οἰκετῶν「君の召し使いたちの(中の)ある人」.不定代名詞 τὶς は前接辞,σοί も前接辞なので,τὶς が σοί からアクセントをもらっている (§50.5).

23-9. へーラクレイトスはどこかで言っている,すべてのものは進み,とどまるものは何もないということを,そして存在するものたちを川の流れになぞらえることによって言っている,君は二度同じ川の中へ踏み入れることはできないということを.

ὄντα (part.n.pl.acc.) ← εἰμί (§97),ここでは定冠詞がついているため名詞扱いされた分詞と考え,「存在するものたち」と訳した (§100).ὡς はおそらくここでは単に間接話法を導く「……ということ」であり,ἄν を伴って可能性を表す接続法であると思われる (§121.2).αὐτὸν は限定的位置に置かれているため,「同じ」の意 (§67.2).

23-10-1. 君が常に私を見るために私が鏡であったらなあ,君が常に私を身にまとえるように私が肌着になれればなあ.

εἴην (opt.sg.1.) ← εἰμί (§119).γενοίμην については注を参照.実現可能な(?)願望を表す希求法と,目的表現の接続法.ἀεὶ は ἀ にマクロンを付け忘れていると考えられる.詩文なので意図的の可能性も?

23-10-2. 君の肌を洗うために,私は水になりたい.

肌において君を洗うために,私は水になることを欲する.注を参照.λούσω (subj.1aor.sg.1.) (← λούω 洗う) は ind.fut.sg.1. と同形.23-10-3 で呼格が使われていることから考えると,ὕδωρ は呼格かもしれない.

23-10-3. 香油よ,女よ,私が(それらに)なれればなあ,私が君に塗るために.

γύναι (f.sg.voc.) ← γυνή(女,妻),この名詞は少し特殊な変化をする(練習 9 の単語リストを参照).μύρον も呼格であると考えられる.ἀλείψω (subj.1aor.sg.1.) ← ἀλείφω(塗る)は ind.fut.sg.1. と同形.

24 課

24-1. 彼が私を見るときはいつでも,私は逃げていた.

前文が関係副詞 ὁπότε によって導かれた過去の一般的な仮定 (§124.2, §125).ἴδοι (opt.2aor.sg.3.) ← εἶδον (2aor.) ← ὁράω(見る).

24-2. 彼は,彼(自身)にとって良いと思われることを(いつも)行っていた.

ἃ は関係代名詞だが,先行詞が省略されて不定関係代名詞のように用いられていると考えられる (練習 22-3 の注を参照).前文が関係代名詞によって導かれた過去の一般的な仮定 (§124.2, §125).δόξειεν (opt.1aor.sg.3.) ← δοκέω(思われる,よいと思われる,決議する),この動詞の動詞幹は δοκ だが,現在幹をつくる際には ε が付加される(Ciesko 7§59.31).

24-3. 彼は,何を言えばいいのか困ったので沈黙した.

λέγῃ (subj.sg.3.) は思案・熟慮の接続法 (§114.2) であると考えられる.もとの直接話法では1人称であったのが,間接話法で3人称に変わっている.主文の動詞 ἐσίγᾱ (impf.sg.3.)(マクロン省略) ← σῑγάω(沈黙する) は副時称であるが,接続法は(希求法に変えてもよいが)そのままでよい (§128.2).

例)ἔφη,“τί λέγω.”「“私は何を言えばいいのだろう.”と彼は言った.」(λέγω: subj.sg.1.)

ἔφη τί λέγῃ.「何を言えばいいのだろうと彼は言った.」(λέγῃ: subj.sg.3.)

24-4. 誰がそんなことを言っているんだろうねと彼は戯言を言っているんだよ,と彼は言った.

ὅστις は疑問代名詞として用いられていると考えられる (§64.3, §129).希求法現在形になっている φλυᾱροίη, λέγοι はもとの直接話法では直説法現在形か接続法現在形である.

24-5. あの者の後で,第二の者を,誰であるかを見たかとクロイソスは尋ねた.

ἠρώτᾱ (impf.sg.3.) ← ἐρωτάω(尋ねる).ἴδοι (opt.2aor.sg.3.) ← εἶδον (2aor.) ← ὁράω(見る).

24-6. もし私が恩人を追い出すようなことがあれば,彼は私を褒めないだろう.

24-7. もし君が友人を持つようなことがあれば,私は君が幸福であるということを認めるだろう.

νομίζω (opt.sg.1.) 対格 + 不定詞

24-8. 唯一クレアルコスのみが,支配者が考えねばならぬような事々を考えているということを,彼らは見ている.

δεῖ 対格 + 不定詞で,不定詞 (φρονεῖν) が省略されていると考えられる.また関係代名詞 οἷα の先行詞も省略されている.μόνος が「ただ……のみ」のように使われているのは練習 19-3 と同様.

24-9. (一方)他の人間たちは食べるために生きているが,(他方)自分は生きるために食べているのだ,とソクラテスは言った.

例によって ζῆν (inf.) ← ζάω(生きる)は特別の母音融合を行う(練習 14 の単語リスト参照),ただし ζῇ はここでは subj.sg.3.(ζάω は能動相直説法と能動相接続法が全て同形).いつもの ἔφη 対格 + 不定詞 の構文だが,αὐτὸς は対格ではなく主格になっていることに注意.これは,不定詞の主語と主動詞の主語が等しいために不定詞の主語が表されていないことによる.このとき,補語は全て主文の主語と同じく主格になる (Ciesko 8§12).

例)

οὗτος σοφός ἐστιν.「こいつは賢い.」:補語 σοφός は 主語 οὗτος に格が一致し,主格

ἔφη τοῦτον σοφὸν εἶναι.「こいつは賢いんだと彼は言った.」:不定詞の主語の補語 σοφὸν は不定詞の主語 τοῦτον に格が一致し,対格

ἔφη σοφὸς εἶναι.「俺は賢いんだと彼は言った.」:補語 σοφὸς は主文の主語と同じ,主格

ἔφη αὐτὸς σοφὸς εἶναι.「俺は賢いんだと彼は言った.」:補語 αὐτὸς と σοφὸς は主文の主語と同じ,主格

24-10. ダーレイオスが死にアルタクセルクセースが王になった時,ティッサペルネースは,兄弟に向かって陰謀を企てているとしてキューロスを中傷する(した).

κατέστη (2aor.sg.3.) は καθίστημι(据える,……の状態にする)の第二アオリストで「……になる,……に落ち着く」という意味であるが, ここでは κατέστη εἰς τὴν βασιλείᾱν で「王国の中へ落ち着いた」→「王になった」くらいの意味であると考えられる.また,歴史的現在は副時称と見做されるため ἐπιβουλεύοι が希求法になっている (Ciesko 8§67).

25 課

25-1. 全てのことは時間によって裁かれる.

25-2. 私は常に多くのことを教わりながら(教わることによって)老いる.

διδασκόμενος (mp.part.m.sg.nom.) ← διδάσκω(教える)

25-3. 彼らは,彼ら自身がそれらのことを被るのではないかと恐れた.

未来のことがらに対する危惧・恐怖 (§139).πάθοιεν (opt.2aor.pl.3.) ← ἔπαθον (2aor.) ← πάσχω(被る,経験する).

25-4. というのも,青春は夢のように君を通り越してしまうからである.

παρέρχεται (mp.sg.3.) ← παρέρχομαι(通り過ぎる,経過する,到着する)は ἔρχομαι と同様に中・受動相で用いる(現在形の場合).

25-5. 彼らは,案内人が,そこから出てこれないだろう場所へ連れて行くことを恐れている.

ἔσται (fut.sg.3.) ← εἰμί(……である,存在する,可能である),εἰμί + 不定詞 で「〜できる」.ἐξελτεῖν (2aor.inf.) ← ἐξῆλθον (2aor.) ← ἐξέρχομαι(出て来る,出て行く),この動詞の変化は ἔρχομαι を参照.ἀγάγῃ (subj.2aor.sg.3.) ← ἤγαγον (2aor.) ← ἄγω(導く,連れて行く).ὅθεν は「そこから」とあるが,先行詞(場所)が省略された関係副詞「そこから……であるような場所」として用いられている(英語の whence).

例)ὑποστρέψω εἰς τὸν οἶκόν μου ὅθεν ἐξῆλθον.「私は,私が出てきた私の家(私がそこから出てきた場所であるところの私の家)へ帰る.」(ὑποστρέψω 引き返す,方向転換する)(ルカによる福音書 11 章 14 節)

25-6. (一方)立法者は法を制定するが,(他方)民衆は彼ら自身のために法をつくる.

τίθεται (mp.sg.3.) ← τίθημι(置く,つくる,制定する,……にする)を受動と考えると対格の νόμους がよくわからないので,中動と考えた.

25-7. おお客人よ,我々はあの者たちの言葉に従ってここに横たわっているということをスパルタ人に告げよ.

ἀγγέλλειν (inf.) は注にあるように命令を表している.πειθόμενοι (mp.part.m.pl.nom. [与格]に従う) ← πείθω(説得する).

25-8-1. まさに人生を終えようとしている,そして子どもたちに畑仕事の経験があることを欲している農夫が,彼ら(子どもたち)を呼び寄せて言った:「おお子どもたちよ,ぶどう畑の中に宝が隠されている.」

βουλόμενος (mp.part.m.sg.nom) ← βούλομαι(欲する;能動相欠如動詞) 対格 + 不定詞 (εἶναι) の構文.προσκαλέσᾱς (1aor.part.m.sg.nom.) ← προσκαλέω(呼び寄せる),この動詞の変化は καλέω を参照.

25-8-2. そして父の死んだ後,子どもたちは鍬を取ってぶどう畑のすべての大地を掘り返した.

λαβόντες (2aor.part.m.pl.nom.) ← λαμβάνω(取る,つかまえる).κατέσκαψν (1aor.pl.3.) ← κατασκάπτω(掘り返す).最初の οἱ は子どもたち (οἱ παῖδες) を指していると思われる.

25-8-3. しかし一方彼らは宝を発見することはなかったが,他方ぶどう畑は,彼らがよく掘ったために,多くの収穫を彼らに返した.

εὗρον (2aor.pl.3.) ← εὑρίσκω(発見する).σκαψάντων (1aor.part.m.pl.gen.) ← σκάπτω(掘る),独立的用法の分詞 (§108.1).ἀπέδωκεν (2aor.sg.3.) ← ἀποδίδωμι(返す),変化は δίδωμι を参照.

25-8-4. この話は,人にとって苦労は宝であるということを明らかにしている.

26 課

26-1. 徳はそれ自身に従って立派である.

26-2. みじめな私,私は死んでしまった(も同然),私はもはや何でもない.

ἀπωλόμην (mid.2aor.sg.1.) ← ἀπόλλῡμι

26-3. おまえたちが自由の価値がある男たちであるよう,よく考えよ.

注にあるように,σκοπεῖτε (imp.pl.2) ← σκοπέω(よく見る,熟考する).ἔσεσθε (mid.fut.pl.2.) ← εἰμί,未来形は中道相である (§138).配慮・努力を表す文(§144).

26-4. アテーナイ人が攻撃すると,シュラークーサイ人は退き,(アテーナイ人が)退くと,(シュラークーサイ人は)追撃していた.

過去の一般的な仮定 (§124.2).ἐπίοιεν (opt.pl.3.) ← ἔπειμι(やって来る,向かっていく,攻撃する;ἐπί + εἶμι),この動詞の変化は εἶμι を参照.同形の ἔπειμι(……の上にある;ἐπί + εἰμί)に注意,こちらの変化は εἰμί を参照.ὑπεχώρουν impf.pl.3.,ἀναχωροῖεν opt.pl.3.,ἐπέκειντο (mp.)impf.pl.3.

26-5. 母親は父親(が我が子を愛する)より一層我が子を愛する.というのも,一方母親は(子供が)自身の子であると知っているが,他方父親はそう考えるからである.

母親は自分で子を産むため自分の子であるということを知っているが,父親は自分が産むわけではないため自分の子だろうと考えるだけである(しかできない)ということ.

形容詞を比較級・最上級にする代わりに,原級に副詞 μᾶλλον (more), μάλιστα (most) を添えることでも比較級・最上級が作れる (Ciesko 3§26).πατρός は比較の属格 (§73.2).ἡ, ὁ はそれぞれ母親と父親のことを指していると考えられる.ὄνθ' ← ὄντα (part.m.acc.) は εἰμί の現在分詞 (§97) で,οἶδεν ((2perf.)sg.3.) ← οἶδα(知っている)があるので分詞を用いた間接話法 (§110.3) である.οἶδεν [τὸν παῖδα] [τὸν αὑτῆς παῖδα] ὄντα.「彼女は知っている,[その子供]が[彼女自身の子供]であるということを.」

26-6. インド人たちが入ってきて,インド人たちの王が,戦争は何の中からあるのか尋ねることを命じて彼ら(インド人たち)を送ったということを言った.

εἰσελθόντες (2aor.part.m.pl.nom.) ← εἰσέρχομαι(入ってくる),この動詞の変化は ἔρχομαι を参照;また λείπω と同様にアクセントが -όντες となる (§96).ἔλεξαν (1aor.pl.3.) ← λέγω(言う).πέμψειε (opt.1aor.sg.3.) ← πέμπω(送る).ἐρωτᾶν (inf.) ← ἐρωτάω(尋ねる).εἴη (opt.sg.3.) ← εἰμί (§119).ὅτου (n.sg.gen.) は不定関係代名詞であるが,ここでは疑問代名詞として用いられていると考えられる (§64.3);ἐξ ὅτου (from what).希求法は間接話法の主文の動詞が副時称であるため使われていると考えられる.

26-7-1. しかし彼らは,正しくそしてよく熟慮して,名誉や栄光のために自身を恐ろしい事々に与えることを欲していた.

ἤθελον (impf.pl.3.) ← ἐθέλω(欲する).διδόναι (inf.) ← δίδωμι(与える).βουλευόμενοι (mp.part.m.pl.nom.) ← βουλεύω(相談する,計画する,[中]熟慮する).εὐδοξίᾱ と τιμή は共に「名誉」となっているが,多少ニュアンスが異なるのであろう;ここでは「名誉と栄光」と訳した.

26-7-2. というのも,たとえ小部屋の中である人が自分自身を閉じ込めて見張っていたとしても,すべての人間の人生の終わりは(結局)死であるからである.

καθείρξᾱς (1aor.part.m.sg.nom.) ← καθεῖρξα (1aor.) ← καθείργνῡμι(閉じ込める;κατά-εἵργνυμι),この動詞は δείκνῡμι (§94) と同じように変化する,即ち第1アオリストでは -νῡ- が落ちる.τηρῇ (subj.sg.3.) ← τηρέω(見張る,警戒する),現在の一般的な仮定 (§116.2).

26-7-3. しかし,立派な男は(一方)常に全ての立派なことに手を出さなければならない,(他方)立派な希望を前面に押しだして(盾として),神の与えるどんなことにも気高く耐えねばならない.

δεῖ(+ 対格)+ 不定詞 の構文,不定詞は ἐγχειρεῖν と φέρειν.διδῷ (subj.sg.3.) ← δίδωμι(与える),不定関係代名詞 ὅ τι と ἄν を伴って,現在の一般的な仮定 (§116.2, §117) だが,無理に「もし〜」と訳さなくてもよいだろう.

空飛ぶかぼちゃパンツ幼女教

  • 幼女神様は,幼女という概念そのものである.

  • おのおのの幼女は幼女神様であり,幼女神様はすべての幼女である.